東京高等裁判所 昭和32年(く)88号 決定
被告人 田辺福太郎
〔抄 録〕
よつて、本件抗告事件記録及び前掲被告事件の本案記録を調査するに、抗告人宮崎が右被告事件の原審弁護人であつて、同被告事件につき昭和三二年七月二九日原裁判所が言い渡した有罪判決に対し、刑訴三七三条所定の控訴の提起期間内である同年八月八日、被告人のため、申立書を第一審裁判所たる原裁判所に差し出して控訴の申立をしたところ、原裁判所が、同年同月一二日、右控訴の申立は、被告人の上訴放棄の申立により控訴権の消滅した後にされたものであるとの理由により、これを棄却する旨の決定を行い、該決定謄本が同年同月一三日抗告人宮崎に、同年同月一五日抗告人田辺に各送達されたこと、及び右控訴の申立にさきだち、同年七月二九日被告人から、小田原拘置支所長を通じて原裁判所に対し、上訴放棄申立書と題する書面が提出され、該書面には、前掲有罪判決の言渡を受けたが、不服ありませんので、上訴放棄致しますとの旨の記載があること、並びに同年八月七日、被告人から、同年同月六日附上申書と題する書面を原審弁護人たる抗告人宮崎を通じて原裁判所に差し出したが、該書面には、自分は誤つて上訴権放棄書に署名捺印したが、その後宮崎弁護士と相談の結果、同弁護士を通じ控訴申立をすることにきめ、さきに提出した上訴申立をすることにきめ、さきに提出した上訴権放棄書は、右の理由により撤回する旨の記載が存すること等の事実の経過が認められるのである。そこで所論は、刑訴三五五条所定の原審弁護人の上訴権は、本来弁護人に与えられた独立固有の権利であつて、弁護人において、右独立固有の権利の行使として上訴をした場合には、当該上訴の申立に対し、被告人の直接かつ具体的な同意が明認される限り、たとえ前示のような上訴放棄申立書が被告人から提出されてあつたとしても、刑訴三五六条の制限に牴触しないと解すべきである旨主張するのであるが、しかし、刑訴三五五条所定の原審弁護人の上訴権は、その本質は、被告人固有の上訴権を、その明示の意思に反しないかぎり、被告人のために独立して代理行使することのできる権利であつて、独立の権利ではあるが、弁護人の固有の上訴権ではなく、被告人の上訴権を代理行使するにすぎない性質のものであるから、被告人が上訴権を失つたのちは、当然消滅し、上訴することができないものと解すべきところ、記録によれば、前示の如く、原裁判所の言い渡した有罪判決に対し、原審弁護人たる抗告人宮崎が控訴の申立をするにさきだち、被告人が上訴放棄申立書と題する書面を原裁判所に提出して上訴放棄の申立をしていることが認められるのであるから、被告人は、刑訴三六一条によつて上訴権を失つたものというべく、従つて、原審弁護人たる抗告人宮崎の刑訴三五五条による上訴権も当然消滅し、被告人のため独立して控訴することができなくなつたものといわなければならない。しかるに所論は、前掲被告人名義の上訴放棄申立書と題する書面は、はたして被告人の意思に基ずき任意に作成されたものであるかどうかが疑わしいばかりでなく、該書面の提出は、被告人の錯誤によるものであるから無効である旨主張するにより、案ずるに、右上訴放棄申立書と題する書面の記載内容と前示被告人名義の上申書と題する書面の記載内容とを仔細に検討してみても、右上訴放棄申立書なる書面が、所論のように、被告人の意思に基ずき任意に作成されたものでないとの疑を抱き得ないばかりでなく、かえつて、同人の自由意思に基ずき任意に作成されたものであることが窺われる上に、右両書面の記載内容を、記録上認め得られる被告人の年齢、学歴、経歴、智能程度等に照らして検討考察するときは、被告人が前示上訴放棄申立書と題する書面に署名指印の上これを提出するに際し、所論のように、錯誤に基ずき上訴権の放棄がいかなる結果を来すかということを知らずにやつたものとは到底考えられないところであるから、被告人の前掲上訴放棄申立書の提出は、もとより有効であるというべく、従つて、被告人は、前示の如く、刑訴三六一条によつて右被告事件につき更に上訴をする権利を失つたものであり、その結果、原審弁護人たる抗告人宮崎は、被告人のため独立して控訴する権利を失つたものといわなければならない。してみれば、その後になされた抗告人宮崎の控訴の申立に対し、右は上訴権消滅後にされたものであるとしてこれを棄却した原決定は正当であつて、本件各即時抗告はいずれもその理由がない。
(中西 山田 石井謹)